或るロリータ

A Certain Lolita

夏は太宰の『女生徒』を読もう

いちばん文学の香りがするのは秋であるのにはちがいない。秋はわかりやすくセンチメンタルな季節だからだ。耽美的な小説などは秋に読むとなおさらよだれが出る。けれど作品によっては春だったり夏だったり、それぞれ季節感を纏っているものがある。

私は例に漏れず太宰を読んでありきたりな暗い学生時代を送ってきた。とりわけ『晩年』と『女生徒』このふたつの短編集は繰り返し読んだ。今でこそ「太宰の最高傑作は女生徒」とかいう声もちらほら耳にすることがあって、今更取り上げるのは天邪鬼な私には少しミーハーな感がして躊躇われたのだけれど、はてなブログ今週のお題「読書の夏」というのがたまたま眼に止まって、まんまと紹介する羽目になった。

夏、といって浮かんだのが『女生徒』だったけれど、実際にはこの作品の世界は五月のようだ。内容はある女生徒の視点から見た世界が丁寧に描かれているもので、まさに太宰の得意なアレである。女々しさは度を越すととても力強いものになるらしい。この作品に女々しいという言葉を遣うのは相応しくなかった。女々しいというのは中途半端な状態だからこそ形容されるのであって、この作品はしっかりとした女性の物語なのだ。文体から太宰の顔が浮かんでもなお、女性らしさに翳りのないのが見事である。

「夏+読書」と聞いて、すぐに浮かんだ風景は、あてもなく鈍行に揺られながら気まぐれに取り出した文庫本←これ!こいつが今手に持ってる本!これが私の場合太宰の『女生徒』だった。こんなに初夏の香りがぷんぷんする小説ってなかなかないんだもの。

世の中の名作には「ページをめくる手が止まらない小説」と「ページをめくるのがもったいない小説」があると思うんだけれど、この作品は断然後者だ。ゆっくりとゆっくりと読み進めたい、そしてときどきパタンと本を閉じて、大きく息でも吸いたくなるような、そんな作品だ。 心を空っぽにしたい時には、この本を持って、旅に出よう。

女生徒 (角川文庫)

女生徒 (角川文庫)