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或るロリータ

A Certain Lolita

私をアル中から救ってくれた一冊の本

文藝

今頃私はひどいアル中だったかもしれない。なぜならあの頃の私は四六時中酒を飲んでいたからだ。私はまったく社会不適合者と言って良かった。人見知りの加熱と思春期の病の氾濫が掛け合わさったその時期には、他人の目を見て話すことができなかった。挨拶もままならず、たった一言「はい」とか「うん」とか言う返事にさえ言葉が詰まった。相手が誰であろうと、面と向かっただけで赤面して、嫌な汗をかいた。私はもう外に出てはいけない人間だと思った。ひとりの部屋は心地よかった。そこで酒を飲むとあらゆる不安が酔いの熱にぼうっと溶かされていくことに気がついた。気がついた頃には、酒が手放せなくなっていた。朝から酒を飲んで学校に出かけたこともある。そうしているとようやく日常生活への切符を手にしたような気になれるのだ。酒は私を普通の人間にしてくれた。酒は私にとって魔法だった。冴えない朝は酒を飲み、眠れない夜も酒を飲む。アル中同然だ。

若いから大丈夫だ、いつでも引き返せると、自分に言い聞かせながら、強いアルコールで喉を焼き続けた。私は酒の怖さを知らなかったのだ。社会人になって、お店で酒を飲めるようになると、幾度も失敗をした。店で眠ったり、路上で眠ったり、駅のホームで眠ったり……。私は夜が弱い。酒を飲もうと飲むまいと、日付をまたぐ頃にはもうお布団が恋しくなってしまう体質をしているのだが、酔っ払っているとそこで家まで帰ろうという意志を失ってしまう。ゆるんだ理性はアスファルトを少し寝心地の悪いだけのベッドに変えてしまう。秋口だっただろうか。底冷えのする朝の空気に叩かれて目醒めた場所は、静かになった繁華街の一角だった。私はぞっとした。真冬だったら凍死していたかもしれないと。あわてて横で眠る友達を叩き起こした。こいつもアル中である。

どんなに失敗を繰り返しても楽しい記憶がそれを塗り替えてしまうのだ。その先にどんな未来が待っているかを考えるには、私にはあまりに絶望的観測が足りなかった。そんなとき、ある一冊の本に出逢ったことで、私は人生初の断酒をするに至った。ある一冊の本、などというまどろっこしい言い方をせずとも、これはアル中界のバイブルとも呼べる名作であるから、きっとみなさんご存知のことだろうと思うが。

今夜、すベてのバーで (講談社文庫)

今夜、すベてのバーで (講談社文庫)

 

著者の中島らも自身がアル中で入院した経験を綴った一冊である。この本を読むと、アル中はまず酒が飲みたくなる。酒を飲むときの描写があまりに絶妙だからだ。口に含んだときのあの感じを鮮明に呼び起こすようなおそろしい描写が何度も登場する。だからこそ引き込まれる。引き込まれたあとで、途中でぞっとする。まったく他人事と思えないのだ。まるでこのままの生活を続けていたら私の未来もこうなると警告されているようだった。

酒が好きで飲む人間ではなく、酒を道具として使う人間がアル中になるのだと言われているが、まさにその通りだ。酒のおそろしさは、気付いたときにはもう手遅れになっている場合があるということ。私はこの本を、アル中など自分には無関係だと安心しきっているすべての人たちに、ぜひ読んでもらいたいと思っている。

この本は、私の目を醒ましてくれた。私は救われたのだ。と、手元にウイスキーを注いだグラスを置いた状態で語ったところであまり説得力はないかもしれないが、今はもう単純にお酒が好きで飲んでいるのだからいいのだ。多分。

今週のお題「人生に影響を与えた1冊」