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或るロリータ

A Certain Lolita

ニート初日を終えて

私情

その日はニート一日目だった。無事に退職を終えた私の、自由で晴れやかで充実した一日が始まるはずだった。しかしその朝、私は浮かなかった。何を隠そう、二日酔いの苦しみに襲われていたのだ。

原因はその前夜。仕事納めの打ち上げで、明日からニートだと思ってつい気が緩んだのか、大して強くもない、いや、むしろひ弱なこの胃袋に、僅か二時間あまりで日本酒を一升ほど流し込んでしまったことに発する。

腰を据えて飲むぞ、という感覚はなかった。ただ、後で振り返れば気づけば一升を飲んでしまっていた、というのが正しい。合間に水を飲んだり、終了後にポカリをがぶ飲みしていれば、まだここまで苦しむことはなかったかもしれない。だが、つい眠気に負けてしまい、家に帰るなりそのまま眠り込んでしまったのが、悪魔の契約書にサインしたのと同義の、とてつもない過ちだったのだ。

目覚めた時は、頭痛がしていて、いわゆる二日酔い特有のどんよりとした朝だと思った。お茶を飲んで、ヘパリーゼを飲んだ。まだ意識がはっきりしていないし、手元も怪しい。二日酔いというよりは、酒が抜け切れていない状態、酩酊が続いている状態に近かったかもしれない。それから動くのもかったるく、流れるニュース番組にぼんやり目をやっていると、ふいにひどい吐き気に襲われて、トイレへ駆け込んだ。便器の前でうずくまった。ほとんど食事をせずに酒ばかり飲んでいたせいか、吐き戻したものは透明な液体で、完全に日本酒の味がした。

それがスイッチだったのか。風呂に入ろうとしたが、その前にまた二、三度トイレへ駆け込んだ。起き抜けに飲んだお茶までも完全に吐き尽くしたところで、もう何も出なくなった。意識がはっきりとしてくるにつれて、頭痛と吐き気もよりはっきりと感じられるようになってきた。すぐに夢の世界へ立ち戻りたいと思ったが、もう布団に横になることさえままならないほど、私はトイレから動けない状態となっていた。

何も出ない嗚咽を繰り返したところで一旦吐き気の波が引いて、ひとまず風呂へ入ることにした。調べるとお茶や水よりスポーツドリンクの方が胃に優しいとあったので、偶然家にあった2リットルのアクエリアスを持ち込んだ。湯船に浸かりながら必死でiPhoneとにらめっこをする。溜まっているLINEなどは後回しにして、二日酔いに関する情報を調べる。毒素を分解するには水分が必要らしい。辛くても少しずつ飲むこと、とある。日本酒の熱燗でも嗜むように、アクエリアスにちびちびと口をつけた。長い時間をかけてようやくコップ一杯を飲み干すことが出来た。が、ものの五分もしないうちに、またすぐに吐いてしまった。

どうしたものか、と呆然と湯から上がる気力すらないままに天井を見上げる。自らの愚かさを悔やみながら、心のうちで、何故だかごめんなさいという言葉を繰り返していた。少し飲んではまた吐いて、そうしているうちにもう真昼だった。

風呂を出て私は布団に横たわった。吐いても何も出ないことが分かっていたので、もう嘔吐に対する恐怖はなくなっていた。たとえばコップ一杯の水を飲んだなら、次に嘔吐するときはもうそのコップ一杯分の水しか出ない、だから慌ててトイレへ駆け込む必要もなくなっていた。枕元にゴミ箱だけを置いて私は寝ることにした。睡眠が一番の薬だと思ったからだ。

だが、寝付けなかった。あんまり嘔吐を繰り返すと身体に負担がかかるらしい。一番私を苦しめていたのは腰の痛みだった。じっとしていられないほどに腰がズキズキと痛んで、必死で布団を掴んでは悶えた。それから頭痛も未だに続いていて、ああ、早く眠ってしまいたい、そう思いながら、また時々ぶり返してくる吐き気にも対応しつつ、病床の時は流れた。

やがて見兼ねた父親が薬局でドリンクタイプの胃薬を買ってきてくれた。そのキツイ匂いに、また吐き気を催しそうだったが、どうにか飲み込んだ。そうしていると、あまりに疲弊していたためか、ようやく眠気が襲ってきた。痛みと眠気のあいだを行ったり来たりしながら、やがて私の意識は薄れていった。

次に目覚めた時は夕方だった。腰の痛みはなくなっていた。頭痛は残っていた。吐き気も残っていた、が、もう差し迫ってトイレへ向かわねばならないほどのものではなかった。胃が少し気持ち悪い、と言った程度。嬉しくてアクエリアスをゴクゴク飲んだ。喉が渇いた時に好きなだけ飲めることはなんて幸せなんだろう。

それからどうにか車を運転して近所のスーパーへ行き、その日の晩飯にとウイダーinゼリーを大量に買い占めた。子供の頃、熱を出して学校を休んだときのことなどを思い出して、懐かしい気持ちになった。

翌日は一日中下痢に見舞われたり、今は頭に痺れがあったりして、微かな死の恐怖に怯えている私ですが、今日も元気です。