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或るロリータ

A Certain Lolita

失業してしまった

私情 労働

田舎から夢を抱いて上京した青年は、見事転職に成功して新たな人生を歩み始める——。

という淡い夢は、上京から僅か二ヶ月足らずで砕け散ることとなった。両親や地元の友達にも、東京ででっかい人間になってくるなどと宣言して、惜しまれつつ振り払うように地元を離れた私だったけれど、上京直前の「成長のためならなんでもやってやる!」なんて威勢の良かった精神は、ひとりの夜が三晩つづくともう消失してしまった。ホームシックなんていう気取った病気がこの世に存在するなんてこれまで信じていなかったけど、三日目にして私は故郷が恋しいあまり涙を流した。そんな自分を笑う余裕もなかった。ただ切実に泣いていたのだ。

私を悩ませるのは郷愁ばかりではなかった。いやむしろ、そうして故郷を想っていた当初は、まだ余裕があったといえる。新たな職場で仕事が始まり、私の日々はますます忙しくなった。そのうちに眠る暇もなくなってしまった。毎朝、体が重かった。毎晩、体が痛かった。私の体調はみるみるおかしくなった。狂ったようにご飯や菓子パンを食べるようになった。地元にいた頃はいわゆる健康オタクのような側面があった私が、そうした不摂生を制することができなくなっていた。自分が変わってゆくこと、歪んでゆくことにさえ気がつかないほど、私は日々に急き立てられていた。

もう限界だった。或る日そう思った。地元の会社にいた頃に、あんなに苦心した退職という手続きを、私はもう一度経験することとなった。辞めると決まってしまえば、ふいに笑顔になれた。久々に青空を眺めてみた。私だけがこの青空の下で、無意味にのたうちまわっていたのだと思った。

それから晴れて私はニートになった。地元にもニートの友人がいた。彼はいつもカラオケやゲーセン通い、週に二回のバンドの練習など、人生を謳歌しているように見えた。人は彼を揶揄したが、彼は臆することなどなかった。そうして私は、心のどこかで彼のような生き方をしてみたいという憧れがあったのだろう。何故だかニート相手に「社畜」だなんて言われた時、私の方が惨めになってしまったことがある。

私は自由だった。自由なはずだった。けれどそうではなかった。ニートなんて全然よいものではなかった。親の脛を齧っているニートであれば、罪悪感を感じる心さえ麻痺してしまえばあとはもう王様のようなものだけれど、私の場合は状況がちがった。家を失い、職を失い、この見知らぬ街に放り出されたのだ。呑気な私が、少し慌てたくらいだ。私はすぐに転職活動を始めた。人生で初めてハロワにも行った。だが、思ったより社会は甘くなかった。一度挫折した人間が、そう簡単に元の場所に戻れるものではない。私はより私を苦しめるであろう有象無象の黒い求人票の山から、きっと私を人間に戻してくれるはずの求人を捜さなければならなかった。砂漠の砂を数えるような作業だった。

仕事がない、という不安は予想以上に大きいものだ。こんなに自由なはずの毎日がいっさい楽しくない。いつでも胸がちくちくしている。ろくに役に立たない前職の経験をどうにか飾り立てて、毎日求人票とにらめっこだ。誰か仕事をください、なんて呟いても、人は私を風景のように見て過ぎゆくばかり。人生のうちにこういう時期が一度くらいあってもいいのかもしれない。あとで思い出に変えてしまえばみんなチャラだ。それは判っている。判っているから、私はどうかこの長い長いトンネルを抜けて、今日を思い出に変えるために、またハロワへ向かうのだ。