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或るロリータ

A Certain Lolita

ベッドの上で永遠の時を過ごした

中学生の頃、私の部屋にあたらしいベッドが来た。両親が買ってくれたのだ。至ってありふれた膝ほどの高さに、ほどよい硬さのマットレスがあり、リモコンでリクライニングできる仕組みになっていた。入院したことのなかった私は、物珍しさにわざわざベッドを半分起こして、そこで漫画を読んだりしていた。入院生活を味わってみたかったのだろう。けれどそんな仕組みに喜んでいたのは最初の一か月だけで、あとは電源コードすら外してしまったのは言うまでもない。

私の部屋は六畳だった。クローゼットはついていたが物置状態でそれからテレビと、洋服箪笥と、机と本棚を置けば、もはや余白など残されていないのだった。だから私は部屋にいるあいだ、いつもベッドの上で過ごしていた。友達とゲームをするときも並んでベッドに腰掛けていたし、漫画を読むときもベッドに寝転がっていたし、テレビを観るのにもベッドに横たわって首を傾けて観ていたのだ。

ベッドは私の小さな海だった。いつまでもそこに浮かんでいられた。この世でもっとも安心する場所だと思えた。

私の部屋の二階の窓からは、欅並木の坂道を見下ろすことができた。或る夏の夕暮れに、聞き覚えのある女の子の声が、カーテンを揺らす夕風とともに部屋の中へ流れ込んできた。私はそっとカーテンの隙間から覗いてみた。同じクラスの女の子二人組だった。聞き耳を立ててみる。どうやら他愛もない話みたいだ。けれど私には新鮮で、ドキドキすることだった。普段、女の子がどんな話をしているか、想像もつかないからだ。

話の流れが私のもっとも気になる部分である、いわゆる「恋バナ」に変わったとき、思わず息をのんで、ひょっとして自分の名前が出やしないかと淡い期待を寄せたのを憶えている。

そんな風にして、ベッドの上にいるだけで、様々な発見があった。夏には窓を開けて涼しい風に撫でられながら、星空を眺めることができた。静寂の中、幽かに虫の声だけが聞こえて来て、夜をひとりじめしたような気持ちになれた。

悲しい日には、一日中ベッドの上にいたこともある。暗い音楽を聴きながら、じっと目をつぶったり、ときどき開けてみたりして、静止した自分と、その外でめまぐるしくうつろってゆく世界のことを想像したりした。

そんなベッドとの別れは、社会人になってからだ。私は部屋をお洒落にして友達とそこでお酒を飲むという目標を達するために、あんなに安らぎを与えてくれたベッドに別れを告げて、ソファーを購入したのだ。寝床は布団に変わった。思春期の時分、狂おしく願っていた、いつか未来の恋人とこのベッドの上でスプリングを軋ませるという夢は、遂に叶うことのないままに、彼は私の部屋を去ったのだ……。

それから私は慣れない布団の寝心地に、ときどきベッドが恋しくなる夜を越えた。父もまた、急に狭くなった部屋の中で、「俺はベッドより布団の方が慣れてる」なんて文句を言いつつも、三日もすればすっかりいつものようにいびきを立てて心地よさげに眠っていた。

 

今週のお題「わたしの部屋」