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或るロリータ

A Certain Lolita

机を買うお金がないから自分で作った

吝嗇 愛翫

就職して早半年が過ぎた。毎月僅かながらの給料をもらい、寝床と質素な食事くらいは確保できるようになった。しかし貧乏暮らしからは未だ脱出の兆しはなく、忘れたころに届く健康保険と国民年金の支払い通知に震え上がって目をつぶりたくなるのは相変わらずである。一本の缶ビールを買うのにさえ躊躇う暮らしの中、大きな買い物など当分できそうもない。生活家電に関しては、上京したての輝かしい時期にあらかた揃えてしまっていたから、なんとか最低限の人間的な生活をするのには事欠かなかったけれど、それ以上に日々を文化的たらしめようとすることは、今の私には遠い夢のような話である。大好きなお酒さえ飲量を大幅に減らし、そのうえ名も知らぬ不穏な銘柄の安ウイスキーを冷やして飲むのがたまの贅沢、酒場など長らく足を運んでいない。そんな私の生活にもっとも足りないものは机であった。物を書いたりパソコンに向かったりするとき、机の存在は欠かせない。上京してからというもの、私はずっと小さな食卓用のちゃぶ台にパソコンを置き、床に座って画面に向かっていた。そうしているといつも途中で腰が痛くなるのだ。それに食事のたびに小さなちゃぶ台の上からパソコンを辺りの床に降ろさなければならなかった。そこに文化の香りなど何一つない。腰痛とともに惨めな思いも募ってくるのは当然のことである。

机が欲しい。就職してずっと思っていたことだった。しかし机の相場を考えれば、今の私には決して簡単に捻出できる金額ではない。かといってこのまま肉体と精神を削りつづけて暮らして行くのも建設的とは言えない。だとすれば自ずと導き出される答えはひとつであった。机など、作ってしまえばよいのではないか。

私は早速木材を買い揃えた。初期投資が存在するのは仕方のないことだ。しかし完成品を買うと思えば安いもの。アパート住まいの身もあって、世間で流行りのディアウォールと呼ばれるものに手を出してみることにした。机を作るついでに、棚も新設するのである。床と天井に突っ張り棒の方式で柱を立てて、そこに棚をそなえつけてゆくというものだ。限られた間取りの中で、本来白壁だったはずの場所を収納として使えるというのは、大いに意義のあることだった。

そうして机は完成した。製作の過程については割愛する。なぜなら私は有用な文章を書くことがもっとも苦手だからである。それより日々の徒然の中で、沸き起こった感情をあれこれこねくり回して囀るのが心地よい。何はともあれ机は完成したのである。好きな本や小物を並べたり、お気に入りの絵を飾ったりしてゆくと、そこがどんどん自分の居場所に変わってゆく実感を得た。城、とまで呼べる代物ではないが、少なくともこの一帯だけは私にとって行きつけのBARの席のように安堵と高揚をもたらす場所となった。これでこのブログを更新するのももう少し捗りそうである。ちなみにこの文章はiPhoneで書いた。

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