或るロリータ

A Certain Lolita

そうして私たちは大人になった

昨晩から泊りがけの用事があったため、最寄駅に戻ってきたのは朝の早い時間だった。今日は成人の日だ。休日の穏やかな空気と、祝日の少し浮かれた空気とが混ざり合った街の中を、「振袖姿の娘とすれ違わないかなあ」などと思いながら歩いたが、まだ早い時間だったためか、ほとんど人とすれ違わないままに、家に着いた。

ニュース番組や市報の一面には大人の仲間入りを果たした若者たちを祝う言葉が飛び交っているが、こう家の中にいると、別段実感が湧かないものだ。クリスマスに大晦日、お正月と、街が、世間が一体となる特別な日が続いて思うのは、成人の日なんて、一度過ぎてしまったら、すっかり意識の外れに追いやられてしまうということ。

もう、何年経っただろう。それが限られた私たちだけに特別な一日だったある冬のこと。私は高校を卒業して働き始めて、仕事にも慣れかけて、堂々とお酒を飲める年齢になっていた。かといって、いつも家と職場を往復するばかりで、若者らしいお金の使い道もないままに、持て余した給料をお酒や煙草に費やしては、大人への階段を登ったつもりでくたびれた日々を過ごしていた。自由だが、ある意味空っぽだった。

友達は今、どうしているだろう。地元に住んでいるやつもたくさんいるはずなのに、ほとんど顔を合わせることはない。高校時代はろくに喋りもしなかったクラスメイトと、孤独をまぎらわすためだけに時々会って、少しの酒で酔っぱらい、別れて、季節はあっという間に過ぎる。大人になることで私は幾分我慢強くなっていたが、そうでなければ、涙なしで毎日を送れなかっただろう。

さて、その晩は成人式の前日ということで、同窓会が催されることになった。中学校の同窓会だ。Facebookなんかでそれなりに同級生たちの近況は知っていたものの、大学へ進んだ者の多くは、例に漏れず華やかなスポットライトの下で人生のレールを進めていた。

幽かに交流の残っていた仲間たちは、ほとんどが私と同様に就職をして、いち早くくたびれた大人となりつつあった。胸を張ってホテルの会場に足を踏み入れるのに少し気後れするのは同じだったらしい。連絡を取り合い、五人ほどで合流してから、夜の街へ繰り出すことにした。

会場のホテルはネオン街のど真ん中。真新しいスーツに、冬物のコートを羽織り、大人の振りをした私たちは、辺りにあふれる酔いどれたちの陽気に背伸びして歩いた。エントランスを入ると、まばゆいシャンデリアと開けた大階段に怖気付いてしまう。

「今の、××じゃなかった?」友人が指差したのは、華やかなドレスを着た女性。とても、同じ学び舎で肩を並べていた同級生とは思えなかった。よく見れば面影があるのかもしれないが、私はあまりのまぶしさにその顔を見られなかった。

受付にいたのは、かつて生徒会役員だった面々。予想を裏切らず、堂々とした振る舞いの、立派な大人になっているように見える。意地を張って、平気な振りで、軽い冗談でも交えながら受付を済ませたが、あまりの緊張に声が上ずってしまった。

会場はだだっ広く、すでにたくさんの人影があった。ドラマのワンシーンで見るような立食制のパーティーで、並んだ料理と、一角のバーカウンターに、少しだけ胸が高鳴る。連れ立ってきた仲間たちと、そわそわと隅にたむろして、穏やかな時が過ぎることを願いつつ、やがて乾杯のときを迎えた。

一杯目のビール、二杯目の焼酎と飛ばすうち、気持ちもほぐれて、ようやく人並みに口がきけるようになった。押しの強い女子に話しかけられて短い会話をしていい気になったり、気に入らないやつと少しばかり喧嘩のようなことをして酒をまずくしたり、夜は瞬く間にすぎていった。

何度目かのトイレに立った折、ふと鏡を見ると、すでに私の顔は真っ赤。だらしない酔っ払いの姿だった。けれどもそんなことを客観的に見る余裕もなく、また会場に戻っては酒を飲み、そのうちにお開きの時間が近づいた。

ロマンスを期待しなかったわけではない。味気ない日々の中で、いかにも定番な話であるが、同窓会の夜に何かが起きて人生が変わるだなんて、夢物語のようだけれど、やっぱりまだまだ二十歳の頃で。何人かの女子と思い出話はしたけれど、取り立てて彼女らの瞳の中に私が輝いて映っている様子はなかったし、それに無理やり彼女たちの夜を引き伸ばせるほど、私は大人の振る舞いを身につけられてはいなかった。

結局そのまま私たちは夜に散り散りになった。男ばかり数人で、駅前のラーメン屋へ入った。「締めはやっぱりラーメン」だなんて、飲酒のなんたるかを判ってもいないくせに一丁前に背伸びして、けれどそんな関係が心地よかった。

輪の中に一人ばかり、すっかり大人の振る舞いを身につけた、あるいはこの夜のネオンサインの中に、今日再会した美しい女性たちと、消えてしまってもおかしくない男がいた。彼はなぜだか淋しそうにラーメンをすすり、さも私たちの仲間のようにくたびれた笑顔を見せた。

彼がその気なら、私たちも変な視線を送る気はなかった。きっと誰にだって、ひとつやふたつ、事情はあるものだ。それよりせっかくの淋しい我ら、今宵の空っぽな思い出をすっかり乾杯の音にまぎれさせて、これからまた夜へ旅立とうではないか。

私たちは、その夜最後のグラスを合わせた。大人って、やっぱりまだまだ難しい。

 

お題「わたしの記念日」