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或るロリータ

A Certain Lolita

少女になりたかった私の話

文藝

きっと私は少女になりたかったのだ。少年として煌めきながら、青年として駆け抜けながら、大人になって立ち止まりながら、いつでも少女になりたかった。懐かしいという私のいちばん好きな感情に連れ去られて、まぶしい陽射しの中へ戻りたい。できることなら、少年ではなく、少女へと戻りたい。いつも眺めるだけだったあの白い頬を持ちたい。じっとりとした文学少年の青い炎のようなまなざしで、今度は私が眺められたい。そうして恋が始まりそうで始まらないまま、痒いところがわからないときの痒さのようなものを胸の奥に抱えたまま、卒業式を迎えたい。

私がそんな風に馬鹿げた夢を持つようになったのは、ほかならぬこの本の存在による。

寺山修司少女詩集 (角川文庫)

寺山修司少女詩集 (角川文庫)

 

 寺山修司という人は、この世でもっとも透き通った水ようかんのような詩を書く人だ。切ないことも激しいことも、この本のインクの並びの中では、すべてが透き通ってしまうのだ。だから目醒めのコーヒーのお供にも、昼の窓辺のぬくもりに包まれていても、眠る前のベッドの中にいても、どこでもこの本を読むことができる。それは私の生活を邪魔しないくせに、私の心に深く染みこむのだ。

なみだは
にんげんのつくることのできる
一ばん小さな
海です

私は卒業式で泣かないような人間だった。そうしていることが強いと思っていたし、そうしていることが恰好いいと思っていたし、そうして少し、淋しかった。けれど大人になるにつれ、涙もろくなってしまった。歳のせい、だなんて認めるのがいやだから、感受性が豊かになったのだと思いたい。ただ、とにかく、私の海は、あの頃よりずっとかさを増しているようだ。

そうして、誰かが涙をこぼす度、この詩を思い出す。たった四行の、なんてことない詩だ。だけど、私ははっとした。その人のかなしみがまるでラムネ壜を透かして見たように、ぞっとするほど美しく思えるのだ。それから、「そんなにきれいなものをこぼすなんてもったいない」とさえ言いたくなる。私は根っから海が好きらしい。

どんな詩人が
自分の書いた海で
泳ぐことができるというのだろう。

私の書いた何気ない言葉のつらなりが、いつか誰かを微笑ませることができたなら、きっと私はそのときに、自分を好きになれるだろう。その日までせっせと、私は海を紡ぎつづける。

 

 

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