或るロリータ

A Certain Lolita

文章の距離適性

かつてTwitterが登場したとき、1ツイートにつき140文字という制限が、人々を発信へ駆り立てた。私もその例に漏れなかった。

ブログには書こうと思えばどんなに長い文章だって載せられるけれど、何文字でも書いていいと言われて、実際に何文字でも書ける人はいない。それどころか、かえって筆が動かなくなってしまうこともある。140文字はちょうどよく超えやすいハードルを提示してくれて、やさしく一歩目を導いてくれるのだ。本棚を隙間なく埋めたくなる性分の私は、Twitterの投稿画面を開くと、いつだって140文字ぴったりに文章を収めることに心地よさを感じていた。

この140文字が、人によっては短歌の31音だったり、原稿用紙の400字だったりするのだろう。

人にはそれぞれ得意な文章量がある。それは陸上選手や競走馬でいうところの「距離適性」のようなものだ。1600mの距離がもっとも得意な馬は、1200mや2000mでもそれなりに走れるかもしれないが、やはりもっとも才能を発揮できるのは1600mだろう。

文章においても同様で、SNSのちょっとした呟きにセンスを発揮している人が、いざまとまった文章を書くと切れ味が鈍ってしまうケースも見かけるし、逆に長い文章を書くことを生業にしている作家やライターがみな、胸を打つ一文を生み出せるとは限らない。

 

私は学校の作文を教師に褒められたことをきっかけに、文章を書くことが好きになった。400字詰め原稿用紙で、せいぜい数枚程度の文章量の中でなら、思う存分に暴れることができたのだ。

しかし、文章を書く類いの課題を与えられる機会はそう多くないため、持て余した表現欲求の矛先は、文学賞やエッセイのコンテストなどに向かうようになる。特に書きたいジャンルにこだわりはなく、とにかく文章を書くことそのものが好きだったので、面白そうな募集を見つけると、それに合わせた文章に取りかかる、という具合だった。

当時、一番苦労したのは長い文章を書き上げることだった。

主要な文学新人賞は、原稿用紙100枚以上からと規定されているものが多く、とてもじゃないが私にはそんな量の文章を書ききれる気がしなかった。もう少し短いところを探しても、せいぜい50枚以上、これは無理をすれば書けない長さではなかったが、文字を埋めることに必死になって、いつもの調子で文章を書くことなどできなかった。

結局、30枚程度で応募できる賞に的を絞り、フラフラになりながらゴールテープを切るような格好で、数年間、小説を書きつづけていた。

今思えば、私には長編や中編と呼ばれる長さの小説を書き上げるだけの構成力がなかったのだろう。取材を重ねて情報を掘り下げたり、伏線を張り巡らせたりするような、緻密な計算の上に成り立っている文章は、単に感情を乗せて走り抜ける文章表現とは、また別の能力が必要となる。そもそも当時の私は長編小説をあまり好まず、短編や詩にばかり傾倒していたのだ。読めないものを書けるはずがない。

一方で、短ければ短いほど書きやすいかといえば、そういうわけでもない。俳句や短歌、ショートショートや、企業の募集するコピーライティングなど、短い文章にも挑戦はしてみたが、今度はユニークな発想力や並外れた表現力が求められ、誤魔化しがきかないのだ。達人同士の剣術のように一瞬で勝負の決まる世界に踏み込むのは、大した人生経験もない10代の私には恐ろしいことだった。

 

文章は、不足せず、冗長にもならないバランスでまとめるのが一番むずかしい。

私の場合、ちょっとした思いつきを140文字に収めようとすると、大抵はみ出した分を削って整えることに苦労するし、逆にブログやnoteのような、特に制限のない場所に載せるための文章を書き始めると、およそ2000字くらいで疲れてくる。ただ、この二つの作業には、自分でもなんとかできる範囲、という感覚がある。それ以上やそれ以下になると、途端に手に負えなくなってしまうのだ。

つまり私の文章の距離適性は、140字~2000字ということになる。

 

以前、noteで2000字以内の小説を募る企画に参加したことがある。恋人と別れた男が、毎週土曜日の午後に海でお酒を飲む話を書いた。

note.com

2000字というゴールは、遠すぎず、モチベーションを保つのにちょうどよかった。かといって、短すぎもしないので、程よく畳みやすいくらいの風呂敷を広げることはできる。

この小説を短歌の31音で表すなら、たとえば次のようなものだろうか。

もう二度と会えないけれど「またいつか」ジンのボトルを海へ流して

やはり、2000字で書いた元の小説と比較すると、そこまでしっくり来ない。

いずれにしても、まずは自分の適性を把握すれば、それに合わせた表現の場を選ぶことができるし、仮に苦手な長さの文章に立ち向かうときにも、理由のわからない恐怖に怯えなくて済むはずだ。

と、ここまでつらつら書いていたら、2000字を超えて息切れしてきたので、これで終わりにする。