妹が美少女であることの苦悩
私の妹は美少女である。
うっかり人前で言うと好奇の目で見られる。身内を褒めることは日本人にとって馴染みのない習慣らしい。といっても、外国のファミリーがどんな関係性なのか知らないけど。少なくとも、「うちのきょうだいは最高だぜ!」なんて言ってる人を身近で見かけたことはない。それが異性の兄妹ともなればなおさらである。シスコンというまろやかな言い回しで済まされるならばまだしも、下手したら犯罪者を見るような軽蔑の視線を送られかねない。だから私は妹が生まれたばかりの頃から一貫して持ち続けているだけの純粋な「可愛い」という気持ちを、妹が思春期に入るにつれ押し隠さなければならなくなった。
はずなのだが、実際には押し隠せていない。友達との会話などで、「お前の妹可愛いよな。」的な話題になったとき、本当なら、「そんなことないよ。家では酷いから。」みたいな照れ隠しの毒を吐かねばならないところを、私は冗談まじりに同調してしまったのだ。そうしているうちにシスコンキャラが定着して、今では「この前妹に一緒にお風呂入ろうって言ったら断られたよw」というシスコンネタを自ら披露するまでになってしまった。
実際に妹が可愛いのかどうかについては、ここに顔写真を上げるわけにもいかないし、結局各々の判断になってしまうので、証明のしようがないけれど、私が可愛いと思えば可愛いのだ。もちろん、他人の妹に面と向かってブスだとか言うやつはいないだろうけど、かといって、これまで妹の写真を見せた相手は決まって予想以上にテンションが上がっていたことは間違いない。
そうして妹自身が私のそうした想いに対してどのように応えているかというと、「キモい。死ね。」の一点張りである。彼女は華の女子高生なのだ。幼い頃は喧嘩する度に生意気な妹が憎らしくて仕方なかったけれど、今ではどんなに不条理なことを言われても癒される気さえするのだから、女子高生という魔法はおそろしい。
だけど、兄妹というものは、片想いが一番いいのだ。どちらもいがみ合っていると殺伐とするし、両想いだと世間に背を向けることになる。だから私と妹は今の形が一番美しいのではないかと思っている。
ここまで書いて私に嫌悪感を抱いた人もいるかもしれない。だけど私は別に妹とキスをしたり結婚をしたいと思っているわけではない。あくまでも行き過ぎた家族愛であって、異性愛ではないからだ。妹がうちに彼氏を連れて来たとき、みじめに憤慨するつもりはないし、それが妹が不幸にならない選択であるならば、私は心から祝福するつもりである。それでもやはり、将来訪れるであろう妹の結婚式ではきっと父親の十倍くらい泣いてしまう自信がある。かぐや姫の「妹」という曲を号泣しながら歌いたいとも思っている。
一番長く思い出を共有してきたのが妹なのだ。感慨を覚えないはずがない。結婚という制度は、誰かと家族になれるけれど、誰かと家族でなくなるものである。兄というものは生まれながらにしてこうした宿命を背負っている悲しい生き物なのだ。