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或るロリータ

A Certain Lolita

伊藤潤二という天才

文藝

伊藤潤二という漫画家を知っているだろうか。よく稲川淳二と勘違いされることがあるが、ホラーという点では共通している部分がある。だが、伊藤潤二の漫画は単なるホラーではない。圧倒的な画力と、斜め上を行く発想で、ただおぞましいのではなく、精神的に不安にさせられるのだ。

彼の代表作といえば、『富江』である。何度か映画化もされているし、ホラー好きには有名な作品だろう。

伊藤潤二傑作集1 富江 上

伊藤潤二傑作集1 富江 上

 

 富江という美しい女が主人公の、オムニバス的な物語である。あらゆるシチュエーションで富江が登場し、その時々でいろんな男を魅了してゆく。男たちは富江のあまりの美しさに嫉妬に狂い、やがて富江を殺してしまう。

美しい女性がメッタメタに惨殺されては生き返るという、一見滅茶苦茶な作品に思えるけれど、実際、「美女×死」という数式が、比類なき美しさをもたらすのは事実だし、彼の描くどこか影のある睫毛の長い美女を見ていると、こっちまで危うく心を奪われてしまいそうになるから注意しなければならない。

 

『うずまき』。これも名作である。 私が彼の作品に初めて触れたのは、この『うずまき』からであった。

うずまき (ビッグコミックススペシャル)

うずまき (ビッグコミックススペシャル)

 

まだ中学生くらいの頃。私はいつも古本屋へ通っていた。安売りの漫画や小説を買い込んで、読み漁っては、ピンと来なかったものはまた古本屋へ売りに出す。そんなことを繰り返していた。貧乏学生の涙ぐましい努力である。

或る日、古本屋で目ぼしい作品を探そうとパラパラといろんな漫画をめくっていた。そんなとき偶然手に取ったのがこの『うずまき』であった。冒頭に、主人公の父親だか祖父だかが、桶の中でぐるぐるのうずまき状になって死んでいるシーンがある。その人間の構造をまるっきり無視したような、それでいて首皮一枚で現実味を残している、そんな不思議でおぞましい一枚の絵が、私の脳裏に焼きついた。

なんだか気味が悪くてその本はすぐに棚に戻したが、数年後に「伊藤潤二」という名前を知る時にまで、その記憶はずっと頭の片隅に残っていた。

 

やがて私は伊藤潤二の作品を自ら購入することになる。それが『ギョ』であった。

ギョ 1 (ビッグコミックス)

ギョ 1 (ビッグコミックス)

 

 脚の生えた魚が町中で大暴れするという、パニック映画さながらの物語である。上巻と下巻があるのだが、私がこの作品を購入するきっかけになったのは、この下巻の巻末に収録されている「阿彌殻断層の怪」という短編が目当てだった。

「阿彌殻断層の怪」は、山に人型の穴がたくさん空いていて、そのどれかが自分にぴったりの穴だという話。穴を見つけるとみんなつい入ってみたくなるのだが、実際、自分にぴったりの穴に入ってしまうとどうなるだろう……。2chのスレッドで紹介されていて、続きが読みたくなって思わず購入した。

私は一発で伊藤潤二の虜になってしまった。

出ている作品はほとんど集めたし、何度も何度も読み返した。探しているうちに、「あのときのうずまきってこの人の作品だったのか!」そんな邂逅もあった。ちょうど私がハマってしばらくすると、絶版になっていた作品が次々と復刻されたりして、ますます私は伊藤潤二の世界にのめり込むのであった。

Twitter上において、ひたすら彼の作品のコスプレをしている女性を見つけた。そのあまりの再現度に、愛を感じる。

twitter.com

 

なぜ今日こうして伊藤潤二について語るに至ったかというと、私は久々にヴィレッジヴァンガードに訪れたのだ。そこでふと伊藤潤二特集が組まれているのを見つけた。ほとんどが持っている作品ばかりだったが、見慣れぬ二冊があったので思わず両方とも購入してしまった。明日の夕飯の買い物すらままならないニートが、そんな散財をしている場合ではないのだけれど、買ってしまったものは仕方がない。

 ひとつは『溶解教室』。2014年発売とある。おそらく新作。謝り過ぎる兄と人の脳味噌が好物の妹を中心とした物語。設定を聞いただけで読みたくなってきやしないだろうか。

 

もう一冊が、伊藤潤二氏本人による自選短編集。それぞれが愛着のある作品ばかりだとあって、ホームランバッター揃いの一冊である。もちろん知っている作品も多く掲載されていたが、何度読んでも楽しめる彼の作品であれば、こうしてコンパクトに手元に置いておくのもよいかもしれないと思った。それぞれの作品に本人による解説が付いていて、贅沢な一冊に仕上がっている。

これから彼の作品を読んでみようという方には、ぜひこの一冊をお薦めしたい。

伊藤潤二自選傑作集 (朝日コミックス)

伊藤潤二自選傑作集 (朝日コミックス)

 

皆様が眠れなくなりますように。