或るロリータ

A Certain Lolita

もう一度ふるさとに帰れる日のために

昨年の暮れ、私はある分岐点に立っていた。人生の明暗を分ける決断をしたのだ。仔細に書くことは憚られるが、私の生活は少しだけ変わることとなった。仕事の幅がより広がり、自由になった反面、これまでよりはるかに重い責任を背負うこととなったのだ。今はまだ、旅の途中で、苦しみの中をもがいているような毎日だが、もちろん未来を見据えての英断だったと思っている。あの安寧な日々の先には、きっと私の求める未来は待っていなかっただろうから。

日増しに強くなる「東京に出たい」という想いに駆られて故郷を飛び出したのは、もう何年も前のこと。あの頃は故郷での暮らしこそが平凡でつまらないものだと信じて疑わなかったし、ふり返っても、あの頃の私にとってそれが真実だったことは覆すつもりもない。反対に、東京で始まった暮らしがどれも新鮮で刺激に満ちていたこと、故郷に帰るたびに時間が止まった国に来たような錯覚を覚えていたこともまた本当だ。もっとも、その時の止まったような数日間こそが、何より私を癒し、顧みる何よりの機会となったのだが。

何がなんだか判らないまま、目の前の仕事をこなし、どこに繋がっているのかも知らない電車に飛び乗って、慣れない街を駆け回った。東京で「なんとかやっていく」ことこそが私の使命だった。あわただしく季節は過ぎて、ようやく私はこの得体のしれない都会がなんなのか、少しずつ判り始めた。同時に、そこにはもう無闇な憧れや未知であるが故の畏怖は残っていなかった。東京は東京なりに好きだし、愛着も湧いてきた。きっと今、田舎から出てきたばかりの彼らが私と会ったなら、きっと一人の都会人として見間違えるにちがいない。

流されるままに生きてきて、時には流れに逆らって、そうしてこれからは、私自身が流れをつくって行かなければならない。だとすれば、この風向きの先にどんな未来があるのか、少しは考えておく必要があるだろう。たとえば家族やら子供やら、堅実な目標に向かって歩み続けることもできるし、あるいは仕事で天下を取るとか、そんな野望を抱けないわけでもない。どちらも手に入れたいと欲張ったって構わない。ただひとつだけわがままを言えるとすれば、私はやはり故郷をあきらめきれないのだ。

いつかもう一度故郷に戻って、私のために涙した人々の頬を拭えるような、たくさんの土産話を持ち帰りたい。金のハンカチでさびれた町を磨き上げて、もう一度にぎやかな路地にかえしたい。全ての責任が私にあるなんて、思い上がったことを言うつもりはない。ただ、私の責任の及ばないところも含めて、何もかも背負えるほど大きくなって、もう一度思い出のページを拾い集めたい。そのためだけに頑張ってきたわけではないけれど、そのために頑張ることもできるのなら、私は故郷に時間旅行の切符を贈りたい。人も、街も、文化も、変わってゆくものを思い通りにしようだなんて、罪深いことは承知している。ただ、それが過去にすがりついて生きている私の宿命かもしれないとさえ、この頃思うのだ。

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