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或るロリータ

A Certain Lolita

初めて創作した日のことを憶えているか

ニートだって酒を飲みたくなる日はある。戸棚に大切に仕舞っておいた電気ブランを取り出して、センチメンタルな曲をかけながら、少し、心を休めようと思った。私にとって懐かしむという行為は、現実のしがらみから逃れられる幾つかの方法のうち、もっとも手軽で身近なものである。

連日の就職活動の疲れがどっと出て、私はたぶん自分でも気づかないうちに相当ストレスフルな状態になっていたらしい。夜は全然眠れないし、食欲も減退している。ハツカネズミに同じだけのストレスを与える実験をしたら、とっくに死んでいるだろう。

私のかつての将来の夢は画家であり、漫画家であり、科学者や総理大臣であった。小学生の時分は、ただ漠然と凄い人間になってみんなに尊敬されたいと思っていた。ただそれだけだった。少し勉強ができて、少し足が速くて、決して学校で一番というわけでもなかったのに、自分のことを神童だと勘違いして、甘い未来を夢見ていたのだ。

実際、夢を持つのは悪い事ではない。だが、それを叶えるためには、「行動を起こす」ということも勿論大事なことであるが、それより先に、「どうすればその夢が叶えられるか」を具体的に逆算しなければならないのだ。

例えば漫画家になりたいなら、どういう勉強をして、どういう練習をして、高校はどこに行くのか、その後は専門学校へ進むのか、時間に余裕のある職業について傍で漫画を描くのか、だったらまずその職業はなんなのか、そのためにどういう勉強をすればよいのか、……。

考えてみれば、不思議と夢が現実味を帯びてくる。ただ、「漫画家」と聞くと、とてつもないことのように思えてしまうが、そこに至るまでの順序を考えると、そんなに不可能なこととも思えない。しかも、子供のうちは、いちばん確実で遠回りする道を選択することができるのだ。これが下手に大人になると、経済問題や、世間体や、体力の衰え、精神的負担、そもそも年齢の問題が発生して、遠回りできる人間は限られてくる。だから、将来のことを考えるのは、一歳でも若いうちがいい。私は、残念ながらこの年まで何も考えずに生きてきてしまったが。

私は高校へ進学するときも、あみだくじでも選ぶかのように軽い気持ちで決めてしまったし、そこに行って何を学び、その後どうするかなんて、考えもしなかった。今日、漫画を読む時間を捻出するだめだけに、将来のことを考えるのを先延ばしにしてしまったのだ。そうして高校を卒業するというとき、またしても自分の将来なんて思い描くこともなくなりゆきで進路を決めてしまった。その結果、私は苦しみ、もがき、どうにか抜け出そうとして、今に至ってしまう。

「あの時もっと考えていれば……。」だが、あの時にそれに気づいていたやつなんて一握りだ。だから大人たちがアドバイスというものをするのだろう。自分の犯した過ちを繰り返させないためにアドバイスをする。私はそれを聞かなかった。私は自分の直感が全てだと、思い上がっていたのだ。盲目に信じ込んでいたのだ。この、悪魔のような直感を。

そもそも私は漫画が描けない。絵も描けない。ただ、画家や漫画家は私の中で格好良い職業であったというだけだ。科学者や総理大臣もそれに準ずる。具体的な進路さえ考えていれば、それが自分にとって実現可能であるかどうかも自ずと見えて来るものだ。それなのに、私はいつか誰かがこの部屋にある落書きを発見して、私を漫画家にしてくれるかもしれないという馬鹿げた夢物語で脳内を甘ったるく麻痺させて、何も考えずに生きてきたのだ。空っぽだった。

初めて自分以外の人間に認められたのは高校生の頃だった。私は作文を褒められたのだ。それはどんなにテストでよい点をとることよりも、どんなにスポーツができることよりも、どんなに女の子にモテることよりも重要なことだった。私にとっては才能が全てだった。結果などいらなかった。私は創作を褒められるときだけ自分を好きでいられた。そうして私は文章ばかり書くようになった。読んでくれる人がいると嬉しかった。学校の作文はもちろん全力で書いたし、中学校時代の友達にメールで送りつけたりもした。それは、自己顕示欲と呼ばれる類のものにちがいない。それは別段いけないことだとは思わない。人は誰しも自らの価値を他人に証明して欲しいものだ。

転職をするという時、私はまっさきに文章を書ける仕事を探した。だが、そのどれも私のやりたい内容に即さないものだったし、第一、私のような経歴の者を雇ってくれる会社があるはずもなかった。そんな苦悩をまた綴る。すると気持ちが楽になる。そんな毎日の繰り返しだった。やりたい仕事を探すのか、条件だけで選ぶのか、その狭間で揺れながら、私はやみくもにハローワークへ通っていた。どっちの選択が後悔を生まないかなんて、タイムテレビを持っていない私には判るはずがないからだ。

そうしているうちにお金がなくなり、「生活」というもう一つの問題が立ち現れた。私は覚悟した。覚悟しながら、あの時のことを思い出した。幼稚園の頃、塗り絵をしていたこと。小学生の頃、ノートに漫画を描いていたこと。中学生の頃、小説じみたものを書いていたこと。そして高校の頃、褒められた作文の数々。どれが私にとって初めての創作に当たるのかは判らない。しかしそのどれもが私にとってはただ楽しくて書いたものにはちがいない。楽しいなら、それで良いではないか。別に仕事にする必要なんてない。私にとって恐ろしいのは、まったく興味のない仕事に就くことなんかではなくて、「書く」という行為を嫌いになってしまうことだ。今、どんな仕事に就いたって、どうせ十年後のことなんて判らない。それなら、今はできることだけやっていればいい。文章を仕事にするなんて、そんなの、くだらない。文章なんて、紙とペンさえあれば、どこにでも書けるんだから。だから、私は書く。誰がなんと言おうと、好きだから書くのだ。ただ、自分のためだけに。